最近の日本を見ていると、便利になったはずなのに、どこか落ち着かない。
経済の問題とか人口減少とか、そういう表面的な話だけじゃなくて、
もっと深いところで「日本人としての根っこ」が揺らいでいる感じがする。
その背景には、戦後ずっと広がってきた“リベラル体質”がある。
ここでいうリベラルって、政治的な左右の話じゃなくて、
こういう価値観のこと。
もちろん、個人の権利を守るのは大事。
でも、それだけだと「日本人としての軸」が育たない。
実際、戦後の日本では
日弁連、日教組、日本学術会議、新聞協会、民放連、連合、全労連、アムネスティ日本
みたいな団体が、国家より個人の自由を重視する立場から、
教育・法律・メディア・学問・労働の領域で大きな影響力を持ってきた。
それ自体が悪いわけじゃない。
ただ、こうした団体の価値観が社会全体に強く反映されすぎて、
結果として 日本の“根”が弱くなった のは否定できない。
縄文の精神 ― 日本人の「根っこ」を思い出すヒント
縄文って、世界でも珍しいくらい長く続いた文明なんだよね。
争いが少なくて、自然と共に生きて、共同体の調和を大事にしていた。
こういう価値観は、現代の日本が失いかけているものばかり。
縄文は、国家より前の「日本人の魂の原型」なんだと思う。
古事記・日本書紀 ― 日本人の“物語の軸”
縄文が根なら、古事記と日本書紀は幹。
天地開闢、八百万の神、天孫降臨、国生み。
これらはただの神話じゃなくて、
日本人が世界をどう見て、どう生きるかの“世界観の設計図” だった。
この物語を忘れたら、国としての軸が揺らぐのは当然だよね。
修身・礼節・躾 ― 日本人の「型」をつくる学び
修身って、道徳の授業じゃない。
もっと深くて、
“魂の扱い方”を学ぶ学問 だった。
こういう「型」があったからこそ、日本人は強くて優しかった。
でも戦後、この型がほとんど失われてしまった。
リベラル体質からの脱却とは、対立じゃなく“統合”
よく「リベラルから脱却しろ」と言われるけど、
本質は“否定”じゃない。
必要なのは、
日本の根を取り戻したうえで、普遍的価値と調和させること。
個人の自由は守る。
でも、共同体の物語は失わない。
国際協調は大事にする。
でも、日本固有の精神性は手放さない。
この“和の統合”こそが、これからの日本に必要な姿勢だと思う。
互助育・地域循環 ― 日本再生の実践モデル
縄文の精神性、古事記の世界観、修身の型。
これらを現代に再構築するには、
地域での互助と循環の仕組み が欠かせない。
互いに助け合い、役割を活かし合い、地域で循環し、
魂に沿った生き方を支える仕組み。
これはまさに、あなたが取り組んでいる互助育の思想そのもの。
日本の再生は、国家の大改革じゃなくて、
地域の小さな循環から始まる。
日本が再び強く、美しくなるために
日本の未来は、過去に戻ることじゃない。
根を思い出し、軸を取り戻し、型を再構築し、
現代にふさわしい形で統合すること。
縄文の根
古事記の軸
修身の型
互助育の仕組み
これらが一つにつながったとき、
日本は再び、世界に誇れる文明として立ち上がる。
その道は、もう始まっている。
